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海さくらとはabout umisakura

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── タツノオトシゴが戻ってくるくらいキレイに

私は、創業明治40年の船具屋の息子として生まれ、小さい頃から川や海に接してきました。その中で、身近にあった川や海が汚れているのを目の当たりにし、「何かをやらなければ」と気持ちをはやらせていました。当時、大手企業に勤めていた私は日々の業務に忙殺されながらも、いてもたってもいられず、休日を使って一人でゴミ拾いをしたりしていました。始めたばかりの頃は「今日一日でこのビーチをピカピカにしてやる!!」と、鼻息を荒くして取り組んでいましたが、その日綺麗にしたはずの浜は、翌週になると大量のゴミで埋め尽くされていたのです。私は、「一人では到底無理であること」、また「継続的に取り組まなければならないこと」を思い知らされ、団体を作って本格的に取り組むことを決意しました。そして長女が生まれた2005年、大好きな江の島の海に照準を定め、「かつて生息していたタツノオトシゴが戻ってくるくらいキレイにする」という目標をかかげて「海さくら」を起ちあげたのです。

── 「目指せ!日本一楽しいゴミ拾い!」みんなの力で海はきっとキレイになる

12年が経ち、「江の島の海をキレイにしたい!」という想いは全く変わらず継続して活動していますが、この活動によって「海がキレイになってきた!」という実感もないというのが現状です。

しかし、たった一人で始めた海さくらのゴミ拾いは、多い月で400人が参加するゴミ拾いへと成長していきました。毎月一回の通常のゴミ拾いの他に、現役の力士とのゴミ拾い「どすこいビーチクリーン」、スポーツチームとのゴミ拾い「LEADS TO THE OCEAN」、ゴミ拾い・環境ポータルサイト「BLUE SHIP」の企画・運営など、当時では想像することもできなかった多くの機会に恵まれ、現在はたくさんの仲間と共に、様々な方向から環境問題に取り組むことが可能になりました。

人間は電気を発明し光を手に入れ、飛行機を開発して空を飛び、地球を飛び出して宇宙へと活動の範囲を広げています。私には電気を発明したり宇宙へ行くような頭脳はありませんが、わずか100年足らずで急速に汚くなったこの海を、私が生きている間にキレイにして、次世代に引き継ぐことはできる。私は心の底からそう信じています。江の島に流れ着くゴミの7割は、街を通ってくる境川・引地川・相模川から運ばれてきます。つまり、江の島に流れ着いたゴミを拾っているだけでは、海は一向にキレイにならないのです。そのため海さくらは、海から少し視野を広げ、街の方達、その先の山の環境まで、それぞれの専門家と相談しながら一歩一歩しっかりと誠実に進めていきます。そして何よりも大切なことは、多くの人に海に興味をもっていただき、自発性を促しながら「楽しく活動していくこと」だと考えています。「目指せ!日本一楽しいゴミ拾い!」みんなの力で海はきっとキレイになる。一人でも多くの方にそれぞれの歩を踏み出していただき、未来の子供達にキレイな海を残せることを願っています。

NPO法人 海さくら 理事長 古澤 純一郎

古澤 純一郎 1975年10月6日生まれ。身長 :178cm 体重 : 96㌔ 趣味 : 運動・酒・沖縄旅行・海あそび
船具屋の長男として生まれ、現在、古沢工業株式会社取締役/海さくら代表・発起人。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、大手デパートに入社し3年間勤務した後、広告代理店にて5年間マーケティング営業の業務に従事。退社後、古沢工業株式会社に入社し取締役に就任。現在に至る。学生時代は、慶應義塾体育会庭球部(テニス部)に所属し、脳を含む全身が筋肉で構成されていたが、現在は脳は筋肉のまま身体はほぼゼイ肉となる。